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JCで一皮むけた経験book

一皮剥けた経験

組織の運営の仕方を学ぶ

宮本文博 先輩

1971年、25歳のとき、JCに入会した。入会申込者面接の3分間スピーチでは、まともに話すことができず、途中から沈黙してしまった。そこへ、専務理事の佐々木長男さんに「しゃべれないんだったら、歌でも歌え」と言われた。一方、他の同期のメンバーは、皆、スピーチが上手く、「こりゃダメだ」と思った。これが、自分のJC生活のスタートだった。
入会した年、松江で中国地区会員大会があった。中国地区協議会の会長は、三宅清兵衛さんで、その日、雨が降る中、挨拶をされていた。仮入会員だった自分たちは、スーツ姿で傘をさして、挨拶を聞いていた。そこへ、OBの大之木幸男先輩が歩み寄って来られて、「こらっ。先輩が雨に濡れながら、挨拶をされているのに、お前ら、傘をさして話を聞くとは、何事だ」と怒鳴られた。そのときは、「冗談じゃない」と思ったが、後々になって、大之木先輩が言わんとされたことが納得できるようになった。最近では、こういったことをきちっと言える人が少なくなったのではないかと思う。
入会当初、広島ブロック協議会の新入会員セミナーで大之木精二さんが講演をされた。そのとき、「毎日仕事で忙しいのに、例会をはじめ、何だかんだで、週に4日はJCに出ている」と愚痴をこぼした。すると、「宮本君、俺は君よりもっと忙しいぞ。でもこうやって、講師役を引き受けている。そもそも暇なJCメンバーなどいないんだ」と言われ、「なるほど。確かにそうだ」と思った。
入会2年目の72年には、広報委員会に配属となり、行く先々でカメラ係をした。その際、どう考えてもとても忙しいはずなのに、どこへ行っても必ずレンズ越しに見かける人がいた。好奇心から理由を尋ねたところ、「確かに忙しいが、自分は早め早めに行動するのが信条だ。だから、一時間前には、集合場所に到着するように心がけている」と言われ、感心した。これは、時間の使い方のこつを覚えないといけないと思った。
同じ年、呉で中国地区会員大会があり、その関係で、中国地区の各LOMを車で訪ねて回った。自分も先輩に同行して、四、五ヵ所のLOMを訪問した。今と比べて道路事情がかなり悪かった時代のため、昼前には呉を出発しないといけなかった。訪ねたLOMでは、例会などで約五分程度の挨拶をさせてもらうだけではあったが、道中は楽しく、普段、凄いと思っている方でも、実は自分と等身大の人間であることが分かった。
この地区会員大会では、二河プールを懇親会会場として使った。その際、プールの水の色が緑色に濁っていたため、水を抜いて清掃することになった。それは、自分たち近年入会者の役割だった。酷暑で、想像を絶するような辛さだった。休憩の際、ほんの僅かしか作業が進んでいないことが分かり、しんどさに拍車がかかった。皆、ほうきも握ったことがないような人間ばかりで、あまりの辛さに、自分たちはこの清掃要員として入会させられたのではないかと思うほどだった。しかし、この大会が成功に終わったのを見届けた瞬間、一つの達成感を得た。
商店街で商売をしていると、なにぶん「組織」のことが分からない。そのため、八〇年に専務理事をさせてもらったのは、自分にとって極めて有意義な経験となった。理事長の大之木伸一郎さんは、会議の進め方、発言の順序、エチケットなどに大変厳しい方で、学ぶことが多かった。今でも可愛がってもらっている。段取りや交渉の仕方、それにマスコミや行政への対応の仕方も学んだ。商店街では、何かあればすぐに市長のところへ行っていたが、きちっと手順を踏まえて、筋を通した相談ができるようになった。仲間ができ、ネットワークも広がった。商店街で商売をしていただけでは、得難い多くの経験をさせてもらった。そんなJCに入れてもらえたことに、感謝している。
次のインタビューは、入会同期で、理事長も経験された室澤良洋さんに繋ぐことにする。

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