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JCで一皮むけた経験book

一皮剥けた経験

JC時代に耕した土壌から、芽が出て少し花が咲き始める

山下雄朗 先輩

JCに入会したのは、1989年、当時34歳だった。サラリーマンを11年やっていたせいもあって、入会当初は、「こんな活動をする団体があったのか」という印象だった。可愛げがなく、JCを少し斜めから見ていたように思う。
91年、槙岡達真さんが理事長をされたとき、産業ビジョン委員会の委員長をさせてもらった。行った事業としては、講師を呼んで話を聞いただけだが、バブル経済に浮かれる当時の世相に反し、「製造業が元気でなければ日本の今後は難しい」と考え、これを委員会の年間のコンセプトとした。中国化薬の神津社長やディスコの関家社長へのインタビューや、石川島播磨重工業(IHI)の社長である稲葉興作さんを招いた講師例会を行ったりした。稲葉さんのようなビッグ・ネームの方とのスケジュール調整は容易ではなく、通常とは異なる変則的な日程で、オープン例会を行った。一部のメンバーからは、そこまでしてやる必要があるのか、との批判もあったが、多くの方に参加していただきホッとしたことを覚えている。実際、JCとしても有意義な講演だったと思う。
92年には、日本JCへの出向で、LOMとは違った経験をさせていただき、JCの素晴らしさを改めて教えてもらった。翌93年には、広島ブロック協議会で安芸デザイン推進委員会の委員長をさせてもらった。この年は、LOMに帰ってこられなくなるほど、ブロックが楽しく、今にして思うと、自分にとって大切な一年になったと思う。委員会では「広島県を三つの地域に分け、毛利元就の三本の矢のように三地域が協力したまちづくり」を考えた。
実は、2005年の11月に「住まいを考える」「住環境を考える」「まちづくりを考える」の三つを柱とした、「住環境研究会ひろしま」という名前のNPO法人を立ち上げた。NPO法人を作ると言っても、最初はその立ち上げ方など全く分からなかったため、ブロックの委員長をさせてもらったときに大変お世話になった行政の方やシンクタンクの方に相談をしたところ、あれよあれよという間に輪が広がり、NPO法人を設立することができた。力を貸してくださった方々は、当時の委員会のアドバイザーだった方が中心で、10年以上、ほとんど接点がなかったにもかかわらず、当時の人脈が大きな支えとなった。一皮むけたというわけではないが、JC時代に培った「人脈」という土壌から、10年余りが経過し、芽が出て少し花が咲いたという印象である。あのとき、ブロックへの出向がなければ、現在、こうした活動も実現していなかったと思う。
住環境やまちづくりを目的としたNPO法人というのは、広島では意外と少なく、いざ立ち上げてみると、各方面から相談があり、これから色々なことへチャレンジしていく予定だ。
 次のインタビューは、このNPO法人の活動で最近お世話になっている宇都宮嗣記さんに繋ごう。

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