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JCで一皮むけた経験book

一皮剥けた経験

人への任せ方を学ぶ

山科憲司 先輩

大学を卒業してから、三年間、東京で勤務した。その後、呉に帰ってきて、当分の間、どこの会にも入らなかったが、29歳のとき、JCメンバーの方から声をかけられ、それがきっかけでJCに入会した。1979年のことだ。
入会6年目の84年、地区大会特別委員会の理事副委員長をさせてもらった。この年、呉で中国地区大会が行われ、自分は式典を担当し、司会も行った。司会には、タキシードを着て臨んだ。タキシードというと、普通はレンタルすることが多いが、自分の場合、わざわざ購入した。これもやる気の表われの一つだったのかもしれない。元々、人前で話すのは苦手な方だったが、中国地区大会という大舞台で司会を行えたことは、自分にとって一つの自信となった。JCに入っていなければ、得難い経験だったと思う。
86年には、専務理事をさせてもらった。理事長は、長柄雅守さんだった。それまでは、自分の委員会のことしか見えていなかったが、専務理事をさせてもらったことで、視野が広がり、全体を見通せるようになった。また、自分はどちらかと言うと、何でも自分でやってしまおうとするタイプだったのに対し、長柄さんは、人への振り方、任せ方が上手だった。そのスタイルを間近で見させてもらい、随分と勉強になった。
専務理事をさせてもらった後、父が亡くなった。今、振り返ってみると、JC活動ができたのは、父のおかげである。当時は、仕事をサボって、JC活動に相当の時間を割いていたこともあった。父への甘えがあったのだろう。「父が元気だったからこそ、あんなことができた」と亡くなってから、余計に実感した。父に対する感謝は深い。
JCで得られたものは多い。まず何と言っても、生涯付き合える仲間ができたことだ。84年の地区大会特別委員会のスタッフや、86年に専務理事をさせてもらったときの事務局スタッフ、それに入会同期や、同年度の卒業仲間とは、今でも付き合いが続いている。これが一番の財産だと思う。また、卒業してからも「JCの卒業生です」と言うだけで、地元の大先輩と会って話をすることもできる。考えてみると、ありがたい話だ。仕事をする上での段取りも良くなり、根回しも上手くなったと思う。こういった力は、専務理事をさせてもらったときについたのかもしれない。

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