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JCで一皮むけた経験book

一皮剥けた経験

限られた時間で上手くやりこなせるようになる

岩岡三十次 先輩

JCに入会したのは、1971年で、当時、24歳だった。その年の理事長は山本耕さんで、専務理事は佐々木長男さんだった。入会してしばらくたってからのことである。その頃、仮入会員の不満が鬱積しており、また、よく分からないこともあったので、専務理事の佐々木さんに連絡し、「理事長に会って、話を聞きたい」と言った。皆、「言うべきことを言おう」と意気込んでいたが、佐々木さんから「お前ら、仮入会員の立場で理事長を呼びつけるとは何事だ」と、こっぴどく叱られた。しかし、佐々木さんは約束した場所にちゃんと来てくれ、理事長の山本さんも酒を飲み交わしながら、自分たちの話をよく聴いてくれた。今にして思うと、完全に筋を外した行為ではあったが、理事長と専務理事の度量も大きかった。
 84年、中国地区協議会政策委員会の委員長をさせてもらった。この年、呉で中国地区大会があり、そこでのパネルディスカッションにおけるパネラーを招聘するのに大変苦労した。呉のような僻地に著名人に一泊で来てもらうのは容易ではなかったのだ。海部俊樹氏をはじめ、何人かの国会議員に打診をしたが断られ、何度も東京へ足を運び、苦労の末、やっと全てのパネラーが決まった。ところが、当日、大雨で飛行機が欠航してしまい、パネラーの一人がその影響を受けた。宇部空港経由で新幹線に乗り換え、急いで呉に向かったものの、開始時間には間に合わず、パネルディスカッションの最中に遅れて到着された。膨大な時間をかけて準備していただけに、運営スタッフとしては肝を冷やした。この件は、当時の仲間との間で今でも語り草となっている。そんな思い出を共有できる仲間がいるのは、JCのおかげだ。
今、振り返ってみると、JCで、生涯に亘って付き合える仲間や、尊敬できる人との出会いを数多く得た。当時は、ありがたみがよく分かっていなかったが、今では、そんな出会いをいくつも提供してくれたJCに感謝している。こういったことは、年をとってから、より実感できることなのかもしれない。また、JC活動には多大な時間を要したが、有限の時間をどう工夫すれば上手くやりこなすことができるのかを学ぶことができた。短期の視点で見ると、JCは必ずしもためになるものではないのかもしれない。しかし、長期の視点で見ると、自分にとってその意義は大きかった。仕事のみならず、自分という人間の人格形成にも影響を与えたのではないかと思う。井の中の蛙にならずにもすんだ。そんなJCに入会させてくれた親や支えてくれた周囲の人にも感謝の気持ちでいっぱいだ。そして何より、現役時代は午前様の毎日だったにもかかわらず、文句一つ言わなかった妻に感謝している。
次のインタビューは、入会同期で、専務理事も経験された宮本文博さんに繋ごう。

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