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JCで一皮むけた経験book

一皮剥けた経験

やればできるということを実感する

白鷹常和 先輩

1971年、総務委員長をさせてもらった。当時、入会三年目で31歳だった。理事長は、山本耕さんで、専務理事は佐々木長男さんだった。この頃、LOMの委員長は、自動的に広島ブロック協議会の委員会に出向することになっており、ブロックの委員長は、各LOMの持ち回りということになっていた。自分は、たまたまその当たり年で、ブロックでも総務委員長をさせてもらうことになった。LOMの総務委員長は確かに受けさせてもらったが、ブロックの総務委員長に関しては、全く寝耳に水だった。
この年、三原でブロック会員大会があり、大会中、委員会ごとに分かれて、それぞれ全体会議を行う予定になっていた。理事長の山本さんと専務理事の佐々木さんは、若くて経験の浅い自分がちゃんと全体会議を運営できているかどうかが心配で、部屋の様子をのぞきに来られた。全体会議が終わってから、佐々木さんから「俺はもうお前のことが一番心配でたまらなかったぞ。しかし、のぞいてみると、お前、立派に仕切って話しをしていたじゃないか。感心したぞ」と言われた。山本さんにも「お前、よく頑張ったなあ」と褒められ、嬉しかった。励みになり、自信にもなった。「やればできる」と言葉では言うが、実際にきちんと会議を運営でき、それを理事長や専務理事から褒められたことで、その言葉の意味を実感できた。自分にとっては、人生の節目になった瞬間と言っても過言ではなかった。
全体会議できちんと話ができたのは、呉JCの伝統がなせる業だった。承認番号39番の呉JCは、他の多くのLOMに比べて、日頃行っていることの質が高かった。自分は、呉JCでの活動内容を、いつもと同じような振舞いで、委員会メンバーに伝えることに専念したところ、他のLOMの委員会メンバーの方々は、身を乗り出して聴いてくれた。その場面を山本さんと佐々木さんは見られたのだと思う。当時は、まだチャーター・メンバーから創始の理念などの話を聞く機会に恵まれていた。そんな話もこの場で披露した。興味を持って耳を傾けてくれる委員会メンバーを目の当たりにし、改めて呉JCの伝統の凄さを思い知った。
79年には、日本JCの畜産飼料部会の部会長(第九代)をさせてもらった。これは、以前に日本JCの業種別特別委員会に出向させてもらっていたことが伏線になっていた。大役ではあったが、71年に広島ブロック協議会の委員長をさせてもらったときの経験から、「やればできる」という確信があった。
JCは、入会申込者面接の三分間スピーチでろくに話せなかった自分に、修練の場を与えてくれ、その結果、自信と励みをもたらしてくれた。また、生涯に亘って尊敬できる先輩や、目標とする人との出会いも提供してくれた。それだけに、JCを卒業するときは感無量だった。卒業式は、夫人同伴だった。夫人が前列、卒業生が後列に座り、司会が一人一人の名前とJCでの経歴を読み上げ、自分もまるでこれほど大活躍した人はいないかのような紹介のされ方をした。最後に、「今日まで、来る日も来る日もJC活動で家庭を留守にさせてしまった不義理を、この場を借りてお詫び申し上げます。本日を持って、ご主人を奥様のもとにお返しします」と言われた。涙が止まらなかった。
次のインタビューは、身内でもある濵田一三君にしよう。

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