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理事役員 所信紹介director-belief

ご挨拶

第67代理事長
井本 成一

基本方針

 1.能動的な呉市民と共に創る活力溢れる力強い呉のまち

 2.調和のとれた魅力ある呉JCの発信

スローガン

To Be With!!

 2018年7月、西日本で起きた豪雨災害。自然の猛威により各地域で甚大な被害が発生した。呉市においては、市全域にて土砂災害が発生し、道路や線路は寸断され呉のまちは陸の孤島となった。まさに、未曽有の大災害である。

 私も被災者の一人である。土砂災害は免れたものの、私が住んでいる地域は断水となった。まちの至る所で交通網が乱れ、デマも含め多くの情報が交錯し様々な物資が不足状態となり、呉のまちは混乱を極めていた。

 しかし、そのような混乱のなか、呉市民の意識が復興という方向に一丸となった。災害後間もなく、毎日多数のボランティアの方々が炎天下のなか被災地にて活動し、多くの被災者が助けられた。ボランティアの方々は、自らが不便な生活を強いられているにも拘わらず、“呉のまちを何とかしなければならない”と自らの時間と労力を惜しまず、自発的に日々活動されていた。遡って考えても、近年これまで多くの呉市民が一点の目標に向かったことはないのではないかと考える。これは呉のまちが、さらに力強いまちとなる機会ではないだろうか。

 今回は大災害という非常事態であったが、あのように自発的に動く市民の方々が普通の生活の中でも、1人でも多く増えれば、1人でも多くまちに関わることができれば、呉のまちはさらに明るい豊かな社会になると強く感じた。

 今の我々の生活においては、行政や民間サービスは十二分なほどに拡充されてきた。今や行政サービスでは、暮らしに困る前に手を差し伸べられる仕組みが出来上がり、民間サービスでは、対価に応じて何時でもサービスを受けることができる快適で便利なまちに発展してきた。

 それらの変化は、個人の幸せ、すなわち利己的な欲求を満たすことができ、市民の暮らしは豊かとなったが、それと比例してサービスに依存する受動的な市民が増加し、自分たちの暮らすまちの未来を、自分たちの手によって住み良いまちにしようという社会活動意欲が薄れていったと考える。

 また、これから訪れる生産年齢人口が減少する社会の中で、既に、様々な分野の人手不足は、深刻な社会問題となりつつある。つまり近い将来、行政民間共に人手不足により、従前のようなサービス提供が不可能になる時代が到来する可能性が高いことを意味する。そして、それは災害のように突如としてくるのではなく、普段の暮らしの中で気づいたときには困難に陥っているような、無意識的にやってくるものであると考える。

 そのような時代となる前に、今こそ、“自分たちのまちは自分たちでつくる”という意識をもち、積極的に社会活動に参加する呉市民、すなわち能動的呉市民が1人でも多く必要である。

 私が呉青年会議所に所属して実感した呉青年会議所にしか無いもの、それは脈々と受け継がれてきた青年としての“英知”と“勇気”と“情熱”が織りなす行動力、また、メンバー相互がパートナーとして認め合っている団結力、そしてメンバー個々が呉のまちで生業を営んでいるという、呉のまちとの繋がりである。

 それらを合わせた総合力を基軸として、徹底的に呉市民のニーズを考え、リアクションを意識し、コメントに耳を傾けた魅力ある事業を実施してゆけば、必ず呉市民から共感を得ることができると信じている。そして、我々の想いに共感した呉市民の皆さまと我々が共に創り出した一体感という大いなる力は、私が20年間に渡りバンド活動に携わる中で経験した、肌で感じた、ライブ中にプレイヤーと観客が一体となった瞬間にもたらされる大いなる力と酷似している。その大いなる力は、能動的呉市民を創り出す源となると考える。

 先述のとおり、今の呉のまちには復興という大きな目的がある。この共通の目的に向かい市民の皆さまと共に活動をしていき、共に能動的呉市民となっていきたいと考える。能動的呉市民が増えた呉のまちは、自らの感性により自発的にまちづくりができる市民が集う活力溢れる力強いまちとなる。

受動的から能動的へ

 我々の住むまちは、暮らしの基盤となる衣食住において、個人の様々な趣味趣向を実現することができるようになり、急激な情報化社会により、娯楽においても多くの情報やエンターテイメントを楽しむことができるようになった。暮らしに困っていなければ、我がまちに目を向けることも無く、まちに対する問題意識が薄れていくのも当然の結果である。しかし、それは現状に満足しているだけであって、我がまちの未来を考えていないと言える。

 少子高齢化、人口流出、限界集落、貧困格差、未婚化等々、少し考えれば我々のまちに関連する社会問題が山のようにある。これらの問題を乗り越え、未来のまちを創ることができるのは、我々を含め今生きている呉市民にしかできない。一気に全て解決することは到底無理であるが、他人事で終わらせず、それらに自身の目を向けて、向き合っていくことは可能である。

 そのような中で発生した、未曽有の大災害は、まちに大きな被害をもたらすと共に、多くの問題点を浮き彫りにした。その結果、呉市民の意識には“復興”という共通のキーワードが生まれている。このキーワードは、呉のまちが再びもとの盛んな状態に戻るという意味と共に、呉市民の意識も社会活動に積極的になるという意味になると考える。

 この先何年も呉のまちが我がまちで在り続けるためには、我々のような“まちづくり団体”だけではなく未来を担う呉市民が共に参画し、自分たちが暮らすまちの問題点を自主的に考え、まちに対してアクションを起こすことが必要である。そのアクションによるまちの変化は、共に参画した呉市民の自信となり、復興の礎となる。

 次に、呉のまちのニーズを考え、コメントに耳を傾ける。我々がこれまで多くの有益な事業を呉のまちに対して実施してきた中で、呉市民から感謝の言葉が寄せられたことも多い。感謝とは狙ってして頂けるものではない。いわば結果論である。しかし、その実績を継続してゆくことは可能である。

 従来、呉青年会議所の活動は単年度制ということもあり、過年度に行った事業と同じことを実施することは稀であった。しかし、様々な事業実施後における呉市民から頂いたアンケート結果には、「またやって欲しい」というニーズがあり、対内アンケートにおいても継続事業の要望は多くあった。目の前にある明確なニーズに取り組んでゆくことも、我々がするべきことである。

 先駆者の経験を活かすと共に現代の我々の情熱も注ぎ込み、よりクオリティを高めた事業を呉のまちに提供し続けてゆけば、感謝は期待へと変わってゆく。呉市民からの期待は、我々呉青年会議所の存在意義でもある。その期待を一時のもので終わらせず継続させてゆくことが必要である。そして、継続させてゆくことが、まちと呉市民に進化をもたらす。

 まずは、まちに数多くある資産を活用することで、まちの風化を抑制し、対外から見られているという意識を芽生えさせることで、まち並みの保存意識が高まる。そして、継続する事業は、まちの風物詩となり、まちの文化へ進化する。さらに、そこに住む人々が自らその事業に携わる仕組みができれば、まちの中へ事業実施に関わるノウハウが蓄積されてゆく。

 これらの手法は、いわゆるリメイクというテクニックである。例えば、坂本九が歌った「上を向いて歩こう」は、遠く米国にて「SUKIYAKI」としてリメイクされ、国を超えて多くの聴き手に感動を与えた。リメイクというテクニックは、多くの分野で使用されている正攻法である。過去に作られた作品に、現代の息を吹きかけ作り直す。それは一見同じ作品のように見えるが、細部に渡り洗練され多くの人々に感動を与える。

 これまでは、呉青年会議所が主体として行っていた事業を、呉市民と協働して事業構築することにより、その共有する成功体験は、共に得る感動となる。その感動こそが、呉市民が能動的呉市民となるきっかけになる。

 共に事業を育んでゆき、まちと呉市民の進化という好循環を実現することで、感動を共有した呉市民が、将来的にその仕組みを活用し自ら立ち上がったとき、その事業はこのまちの宝となる。

 さらに、呉市民のリアクションを意識する。それは、呉市民誰もが参加できる事業を創ることから始まる。そこで注目するのが、クラウドファンディングである。クラウドファンディングとは、ある目的や志のために、不特定多数の人から資金を集める行為である。それは、誰もが参加できるうえに、自身が感じた価値に応じて自ら金額を設定でき、まさに人それぞれの価値観に応じた意識を共有できるものである。私も実際に投資したことがあるが、自分1人では到底達成できないような壮大な計画が、多くの共感者によって成し遂げられ、その成果を目のあたりにしたとき、そこには達成感という感動と、そのプロジェクトに参加することができたという喜び、そして誇りがあった。

 2016年に公開された映画「この世界の片隅に」においても、その資金調達はクラウドファンディングが利用された。投資に参加した3,374人は間違いなく、自身がその映画に関わることができたことを誇りに感じている。現に、その価値観を共有した投資者は支援者と変わり、SNS等で評判を拡散しヒットを後押しした。

 我々の価値観、それは呉のまちを少しでも良くしようというメンバー共通の志である。その志のために、自らの時間と労力を惜しみなく費やし、資金を投じている。これは、呉青年会議所メンバーが価値観を共有しているからこそできる行為であると考える。すなわち、この価値観を呉市民に共有してもらい、共感を得なければならない。

 いま、呉のまちにおいて市民の多くが共通して抱いている志、それは呉のまちの復興であると考える。これは、我々の価値観と極めて同質のものである。1人の力は小さな力かもしれないが、それが幾人も参加することにより、呉のまちに一体感が生まれ、大いなる力となる。

 我々と価値観を共有した呉市民の力を借り、共に復興の象徴となるような事業を創り上げたとき、我々と呉市民はその瞬間から同志となる。そこには必ず、共有する喜びと感動がある。それは、呉市民にとっての誇りとなり、我々呉青年会議所メンバーにとっての自信になる。さらに、呉市民の誇りは、能動的呉市民へ変化する自覚となり、呉のまちの活力の源となる。

パートナー

 ここからは、私が持つ音楽の感性で伝えていく。音楽とは、“音”を“楽しむ”と書く。私は音楽を始めたときから、音を楽しむためには、同じ志をもったパートナーが傍に居なくてはならないと考えている。また、その音を奏で合うのは、互いが信頼し合える良きパートナーでなければ楽しむことはできない。人が生きていく中で、良きパートナーに恵まれれば、それは全ての場面で精神的に物質的に豊かとなる。そして、人は良きパートナーと巡り合いたいという願望を常に抱いている。

 さて、呉青年会議所という1つの団体は、多くのメンバーの奏でる音が重なり合い調和し構成されている。1人では表現できない音も、それが重なり合うことで可能性は無限に広がり、音の厚みも増していく。その中で、1人のメンバーの奏でる音はどんな音でも永遠に鳴り響いているのでなく、鳴り始めたらいつかは鳴り終わる。したがって、鳴り終わるメンバーの音を意識して、新しく鳴らし始めるメンバーを常に探し続けなければならない。

 まっさらな新しいパートナーは、はじめは周囲と息が合わないかもしれないが、それは既に響いている音でカバーすることができる。また、まっさらであるからこそ、同じタイミングで鳴り始めた音は、共通の修練を積んでいくことで、それが1つの調和された音となり、さらに我々メンバーに調和していく良きパートナーになることができる。

 魅力ある呉青年会議所を、呉市民へ発信してゆくため、呉青年会議所という団体から発せられる音の厚みをさらに増してゆかねばならないと考える。

協和音とプロモーション

 協和音とは、同時に鳴らしたとき互いにとけあって快く耳に響くような2つ以上の音をいう。どれだけ良いメンバーが揃っていても、音色やタイミングがずれてしまうと、それは単に不快な音となってしまう。

 協和音を産み出すためには、ベテランのメンバーも新人のメンバーも例外なく、常に周囲を意識し、息を合わせ、歩みを合わせ、視線を合わせ、全員が同じ方向を向いてゆかなければならない。メンバー個々の気付きや学びを互いに共有し、メンバー同士が刺激し合うなかで切磋琢磨することにより、呉青年会議所という団体もメンバーも、共に高みを目指して成長してゆくことが必要である。そして、調和のとれた協和音が呉市民の耳に響いてはじめて、我々と呉市民の意思疎通が始まる。

 また、協和音が完成しても、それをプロモーションしなければ、呉市民に届けてゆくことはできない。最初は耳慣れない音も、様々な場面で、様々な形で、無意識に何度も見聞きしていると、聴き手はそれを記憶することができる。その記憶は、我々への関心に繋がる第1歩である。

 その第1歩を踏み出させるため、そして我々が創り出す協和音への意識や関心を高めるため、さらには積極的な欲求を促進させるため、多くのコミュニケーションツールを活用し呉青年会議所をさらに魅力的に発信してゆく必要がある。

 2019年、我々の暮らす日本が、新元号を迎え新しい時代を歩み始める。そして昨年、甚大な災害を経験した呉のまちにとっては復興元年といえる。その時代はとても険しい道のりかもしれないが、呉市民が一致団結することができれば、必ず乗り越えてゆける道であると確信している。

 呉のまちに、我々の価値観を様々な事業を通じて発信してゆき、呉市民の共感から創り出される両者の一体感を得ることができれば、それは、お互いが共有する感動であり、共有する誇りである。

 “復興”という呉市民共通のキーワードのもと、共に手にした感動と誇りにより、呉市民の意識が社会活動に対し積極的になり、能動的呉市民が増えてゆく。それは、次世代へ繋がる大いなる力、そして希望である。

 希望という未来への力を得た呉のまちは、活力溢れる未来を手に入れる。

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